【崩れる需給/生産バランス】業績好調、自動車メーカーが抱える”売り上げ”と”利益率”のジレンマ_Vol22

自動車業界の最新ニュース解説、おすすめレポ、本を紹介するニュースレター、モビイマ!第22号。【コラム】【崩れる需給/生産バランス】業績好調、自動車メーカーが抱える”売り上げ”と”利益率”のジレンマ
カッパッパ 2021.09.09
誰でも

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クルマのイマがわかる「モビイマ!」

( 2021年9月9日発行 )

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ご安全に!

9月に突入しましたが、また次々と操業調整のニュースが舞い込んできます。当月での操業調整、人員や部品のやりくりで非常に大変なのですが、東南アジアの情勢が厳しい以上、しかたない…のでしょうか。今月末は棚卸しなのに在庫がたくさん積みあがっていそうで怖い。

ただ愚痴を言ったところで状況がかわるわけでもなく、目の前のことを一個一個やっていくしかありません。

ギップリャ‼(頑張るための掛け声)

それではモビイマ!スタートです。

【目次】

1. モビコラム

  • 【崩れる需給/生産バランス】業績好調、自動車メーカーが抱える”売り上げ”と”利益率”のジレンマ

1.モビコラム

モビコラムでは、カッパッパが自動車業界最新トレンドを独自の視点と切り口で語るコラムです。かなり力を入れた内容で仕事/投資に役立つこと間違いなし!

***

絶好調だった自動車メーカー、21年4~6月の決算

7月末から8月頭にかけて発表された自動車メーカー、21年4~6月の決算。日本を含めた世界各社で非常に好調な内容となりました。

https://www.chunichi.co.jp/article/305596より引用

https://www.chunichi.co.jp/article/305596より引用

国内7社、全社が増収増益で黒字に。直近、業績の厳しかった日産、三菱自動車も黒字転換。前年がコロナ禍で非常に生産/販売が厳しい状況であったため、前年比での単純比較では傾向を掴むことが難しいのですが、コロナ禍から落ち込みから回復を示した決算となっています。

海外メーカーに関しても業績は好調です。

VWの2021年上半期(1~6月)の決算は増収増益で黒字転換。営業利益は過去最高の113億5800万ユーロ(約1兆4785億円)。

業績悪化に苦しんでいたルノーも黒字化。2021年上半期の営業利益は、5億7100万ユーロ(約626億円)とようやく赤字から脱出。( 連携している日産の黒字化影響も大きい)

アメリカ勢に関しても、GMは利益30億ドルと急増Fordも11億ドルの利益を計上しました。

この決算を見て、首をかしげる方もいらっしゃるかもしれません。

「半導体不足で自動車メーカーは生産量が少なくなっていたはずでは…?」

その通り。21年4-6月期は、半導体供給不足を受けて、各社が稼働停止、生産調整を実施し、生産台数はコロナ前に比べ非常に少なくなっています。(一番影響が大きそうなのがFordで想定していた生産の50%程度しかできていないと決算発表時に公表しています )。

生産台数=販売台数が少ないのに、なぜこれほど業績が良かったのか。

そこにはこれまでにないほど崩れてしまった「供給と需要のバランス」問題があります。

「売りたいのに売るクルマがない」自動車メーカーですが、車の供給が少ない分、1台あたりの価格は上がり、かつてないほど利益が出る状況になっているのです。

その状況が一番見て取れるのがアメリカ。今回は現在のアメリカの自動車市場を分析し、自動車メーカーが抱える「売上」と「利益率」のジレンマについて解説します。

ディーラーから消えた新車在庫

アメリカの自動車新車販売の方法は日本とはかなり違っています。日本ではディーラーへ行き、欲しい車のスペックを選び注文。注文後、自動車メーカーの生産枠から概ねの納期が伝達→スペックに見合った車が生産され、納車へ。基本的は受注生産(正確に言うと異なるですが)の形式です。

アメリカでは実際にディーラーに置いてある新車在庫を買い上げる形が主流です。日本だとどちらかと言えば、中古車の販売方法に近いと言えます。そのため、ディーラーでは一定の在庫を確保し、ユーザーに実際に提示することで販売します。

このディーラーでの在庫日数、これまで(コロナ前)では適性は約60日とされてきました。60日分の在庫があればユーザーは自分の好きな新車を選択し、購入ができる。自動車メーカー各社はこの基準をベースに生産量を決定してきました。(あくまでも60日はベースで在庫日数設定は各社ごとに異なり、日本メーカーはどちらかというと少なめ)

しかし、今回の半導体不足、自動車メーカーは完成車を作ろうにも部品がなくて作ることが出来ません。21年に入ってからは、コロナによる休止ではなく、半導体不足で工場の稼働を止めるケースが多くなり、その規模は拡大していきました。

ただ自動車を購入したいという消費マインドは高止まり。コロナ禍で個人消費は伸び悩むと思われていたのですが、失業給付金が充実していたこともあり、実際は金余りの状況。コロナ感染を考えると、個人での移動で自動車を使用したいニーズの増加もあり、需要はコロナ前同等、もしくはそれ以上になりました。

「供給<<需要」生産が限られているため、ディーラーに入ってくる新車は少ないが、販売は好調で新車在庫はどんどん店頭から消えていく。

21年1月よりこの傾向は顕著になり、ディーラー在庫は右肩下がりに。5月以降は遂に適正60日の半分である30日を割る事態にまで低下。7月末時点では25日程度になっています。日本メーカーは更に在庫が少なく、トヨタは18日程度、半導体不足で大規模な生産調整を強いられているスバルはわずか7日ほどとかつてないほど低水準の在庫になっています。

トヨタが4-6月の決算発表で、わざわざ「供給ひっ迫の中での販売努力」として北米での取り組みを公表するほど、在庫状況は「異常事態」にあります。

https://global.toyota/pages/global_toyota/ir/financial-results/2022_1q_presentation_jp.pdf

https://global.toyota/pages/global_toyota/ir/financial-results/2022_1q_presentation_jp.pdf

過去最高を記録する自動車販売価格

「欲しいけれど、在庫がなくてクルマが買えない」

半導体不足で車の生産が思うようにいかない。「供給<<需要」がもたらした結果は「高くても売れる」=車の値段の高騰です。まず生産段階。自動車メーカーでは、作られる総量が限られるため、利益率の高い車を優先して生産へ。自動車メーカー各社は利益の少ない乗用車よりも、人気/利幅の大きいピックアップトラックやSUVの生産比率を増やしました。こうした結果、アメリカの平均自動車購入価格は初めて4万ドルを突破し、過去最高を記録。

 そして、自動車購入の際に、値引きの原資となる販売奨励金(インセンティブ)は月を経るごとに下がり、過去最低の水準、2000$/台を割り込むように。(一部自動車メーカーの決算でインセンティブの低下はブランド力の向上という説明がありますが、どちらかというと個別のブランド力ではなく、自動車全体で希少性が上がっているためと考えた方が良いです)

多額の設備投資が必要となり、原価の高い自動車メーカーにとって一番の課題「1台あたりの利益をどう増やすのか。」半導体供給不足による「生産<<需要」の結果、自動車メーカーが待ち望んでいた利益率の高い自動車販売が実現されました。今現在、自動車1台あたりの利益は過去最高になっているでしょう。その1台あたりの高利益が積み重なった結果が今回の4-6月決算なのです。

売りたいけれどクルマが作れない

利益が出るので1台でも多く売りたい。自動車メーカーは今の状況で何とか車を生産していきたいのですが、半導体供給問題は一向に解消される見込みがありません。少しでも生産を増やせるように、足りない部品を除いて、先に車を作ってしまう。アメリカで一番売れるクルマFordのF-150は半導体で足りない部品待ちの完成車が7万台近くという報道もあります。(これだけ完成車がおけるスペースがあるのはアメリカらしいと思います)

半導体に加えて、アメリカ東海岸を中心とした物流の遅れ、コロナ感染拡大による東南アジア工場の休止も重なり、自動車メーカーは今月に入っても相次いで生産調整。GMは9月主要工場を2週間停止する調整を実施。SUVやピックアップトラックといった稼ぎ頭の車種も減産対象となっています。

半導体供給問題は時間を経るごとに、回復時期の見通しが後ろ倒しになっており、少なくても21年中は影響があり、22年に持ち越す、最悪の場合23年まで逼迫した状況が続く見方もあります。

新車がなければ中古車を買えばいいじゃない

 新車が買えない消費者は在庫のある中古車の購入へと向かっています。ただ、新車の買い替えも行われないので中古車自体の数もかなり少なく…結果、新車同様に価格の高騰が起こっています。アメリカ経済を測る主要KPIとして、消費者物価指数があるのですが、中古車の価格が高騰しすぎていてうまく機能しないところまで来ています。(7月では前年同月比41.7%上昇)。

 クルマそのものの価値が大きく伸びているのが現在のアメリカ市場です。

でも作れるようになったら、果たしてどうする?

半導体の逼迫状況、そして適正在庫の大幅な低下(50%以上の減少)を考えると、当面の間は部品がつながる分、作るだけ作る状況が続くでしょう。しかし部品問題が解決し、「生産>需要」となった場合、自動車メーカーは果たしてどこまで在庫を積み上げる、生産を増やすべきなのでしょうか。

確かに生産する量を増やせば、売り上げの絶対値は増え、利益額は増えます。また在庫が増えれば、現在中古車に流れている消費者を新車へ呼び戻すことができるでしょう。

ただ、適正在庫になれば、以前のように自動車の平均販売価格は下がり、販売奨励金も増える。1台あたりの利益は減ってしまうのです。自動車メーカーにとって、1台あたりの利益を高めることは至上命題。

作らなければ中古車や他社に販売を取られてしまう可能性がある。一方、作りすぎれば、販売奨励金をたくさん出さないと売れない、利益率の低い以前の状況に陥ってしまう。

 売上と利益率。一体どちらを優先すべきなのか。自動車メーカーは非常に大きなジレンマを抱え、決断を迫られることになります。適正在庫「60日」は自動車メーカーにとって適正なのか?

オンライン販売は自動車メーカーを救う救世主になるか

「販売価格、低いインセンティブ、高い利益率を維持しながら販売台数、売り上げも増やす」

自動車メーカー、一つの答えになりえるのが「オンライン販売」です。テスラではすでに実施されているオンライン販売。メーカー直販でユーザーに納入できるため、在庫を持たずに販売できる利点があります。また既存の自動車メーカーが実施できるかはさておき、テスラでは頻繁にオンライン販売価格の変更を行っており、部品材料高を販売価格に反映するなど、メーカー主導での価格変動が可能になります。

従来のように、顧客がディーラーにある在庫の中から選ぶのではなく、ネット経由で工場に直接注文し、納車まで待ってもらう販売手法を浸透させる構えだ。

オンラインでの受注生産が可能になれば、在庫が不要になり、保持コストが下がる、顧客の好みにより合致したクルマを提供でき、値引きしないと売れない売れ残り車種が事前に分かり生産段階で調整を実施できる。ディーラーにある在庫から買うわけではないため、納期がかかってしまうという欠点はあるものの、自動車メーカーとしては非常に利点も大きい販売手法です。

直近で発表したFordの戦略車種、ピックアップトラックのEVである「F-150ライトニング」は手付金100ドルが必要なのにも関わらず、オンラインでの予約数がすでに12万件をオーバー。この数量を基準にFordでは生産台数を引き上げる検討を進めており、事前に需要がつかめることもオンライン販売の利点の一つです。

ただアメリカでは、法律上、販売はディーラーを介してでしかできない州もあり、全てがすぐに変わるわけではないでしょう。ただ、半導体供給問題が完璧に解消されるであろう2023年ごろにオンライン販売に一定数移行できていれば、適正在庫「60日」を基準として生産をするビジネスモデルが変わっているかもしれません。オンライン販売は自動車メーカーの利益構造を大きく変える可能性を持っています。

大変なのは北米だけではない

 今回は一番わかりやすい北米、アメリカ市場から現在の自動車市場を分析しましたが、同様の事象は世界中、中国や日本でも起こっています。例えば日本。日本では新車は受注生産がメインであるため、半導体不足による減産の影響は納期に大きく影響しています。ホンダが満を持して投入した新型ヴェゼル。月間の販売台数で上位にランクインできていない要因は半導体不足により生産そのものができておらず、納期が後ろ倒しになっているためです。(通常のモデルで半年以上、特定のモデルだと8カ月以上)

実需要そのものはコロナ前と比べると大きく増えたわけではありません。バックオーダーが貯まり、どんどん納期が延びている。そしてアメリカ同様、納期を急ぐユーザーは中古車購入を選択し、結果中古車市場が高騰している。これが日本自動車市場の現状です。

半導体解消後直面する自動車メーカーのジレンマ

半導体不足はまだまだ影響が続き、半導体メーカーの能力増強、設備導入がされてからでないと解消せず、22年までは持ち越すことになるでしょう。ただそのあと、自動車メーカーはどのような戦略で生産台数を調整するのか。

「部品がなくて作りたいものが作れない」

半導体不足がもたらしたのは必然的な「選択と集中」。今、自動車メーカーは1台あたりの利益は過去最高、これまで待ち望んでいた高い利益率が実現されました。ただ売り上げそのものは少ない…売り上げという絶対値を選択し、生産台数をこれまで同様の在庫基準まで積み上げるのか、それとも他社や中古車にユーザーを取られるかもしれないリスクを抱えながら、在庫を絞り、利益率を高く保つのか。はたまたオンライン販売というビジネスモデルの転換によって、乗り切るのか。

まだ少し先にはなりますが「作りたいだけ作れる」環境になったとき、各自動車メーカーがどんな戦略をとるのか。2020年代半ばの勝ち負けを決めるのは実はCASEへの対応ではなく、「生産戦略」になるかもしれません。自動車メーカーの生産動向、今後要チェックです。

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