自動車のEV化と工作機械

自動車業界で進むEVシフト。内燃機関車から電気自動車に替わる中で生産のあり方そのものも大きく変わっていきます。特に製造する工作機械は大きく変化。今回は携わっておられるしぶちょーさんにイチから分かる解説記事を寄稿いただきました。自動車業界の方、必見の内容です!
カッパッパ 2022.04.20
誰でも

ご安全に!今回は寄稿記事。自動車のEV化と工作機械の解説記事をお送りします。

自動車業界で進むEVシフト。内燃機関車から電気自動車に替わる中で生産のあり方そのものも変わっていきます。部品構成が大きく変化し、現場での作り方も追随していく必要が。その代表となっていくのが「工作機械」

今回は実際の業務に携わり、技術ブログも発信しておられるしぶちょーさんに誰でもでもわかるよう解説いただきました。非常にわかりやすく、カッパッパも勉強になった内容。自動車業界の方、必見です。

今回の寄稿者~しぶちょーさん~

しぶちょーさん。機械設計者で工作機械の設計に従事しておられ、技術者ブログ『しぶちょー技術研究所』の所長。技術系でもないカッパッパでも非常に楽しく読めて、身になる知識が満載。工作機械関係を知りたい方のみならず自動車業界の方全体におすすめです。(あとマスコットのメカトロザウルス君がかわいい)

1.モビコラム

どーも、しぶちょーと申します。

私は工作機械メーカーで新製品開発を行っている機械設計エンジニアです。その傍らで、技術ブログやTwitterなどで技術情報の発信も行っています。今回は、「自動車のEV化と工作機械」というテーマで寄稿させていただくことになりました。何卒よろしくお願いいたします。

工作機械って何だ?

本題の前に、そもそも「工作機械とは何か?」というところから説明させていただきます。工作機械とは、呼んで字のごとく"工作を行う機械"ことです。ここでいう工作とは、材料を加工して、製品や部品を作り出すことを指します。加工する材料は金属に限らず、樹脂や木などもあります。更に加工方法は“削る“だけでなく、溶かす、曲げる、など様々です。ただし、これらは広義の意味での工作機械であり、工作機械といえば一般的には金属を切削加工する機械のことを言います。

工作機械は、機械を作る機械という意味で“マザーマシン”と呼ばれています。この世に存在する全ての機械は、源流を辿れば、必ずこの工作機械から生み出されています。周りを見渡してパッと目に付くもの全て、例外なく工作機械が携わっているんです。産業の根底を支える縁の下の力持ち、それが工作機械なのです。

 当然、自動車部品の加工にも工作機械は使われています。日本の産業を支える自動車業界は、工作機械業界にとって特に大切なお客様の一つです。自動車業界の厳しい要求をクリアするために工作機械メーカーは試行錯誤を重ね、自動車業界の技術の進歩と二人三脚で、工作機械も進化を続けてきました。そして今、自動車のEVシフトという「100年に1度の大変革」の影響を受け、工作機械を取り巻く環境も大きく変わろうとしているのです。

自動車のEV化でなにが変わる!?

自動車の中で最も工作機械を使用するユニットは、"エンジン"です。EVシフトによりそのエンジンそのものが不要になってしまうわけですから、その影響は甚大です。日本政策投資銀行が2018年に出した「EV化の進展と工作機械業界への影響」というレポートの中では、ガソリン車からEV車に移行することで自動車一台の生産あたりに使われる工作機械の金額が1万5000円から8000円へ減少すると報告されています。

出典:EV化の進展と工作機械業界の影響(https://www.dbj.jp/topics/investigate/2018/html/20181030_108256.html)

出典:EV化の進展と工作機械業界の影響(https://www.dbj.jp/topics/investigate/2018/html/20181030_108256.html)

つまり、エンジンが無くなることで工作機械の加工が必要な部品が金額ベースで「約半分」になってしまうということです。これは工作機械業界にとっては非常に恐ろしいことです。しかし、上記のレポートを見て分かる通り、エンジンが無くなったことで減少した分は「新しいニーズへの対応」で補填される予想がされています。では、「新しいニーズとは一体何か・・?」を掘り下げてみていきましょう。

エンジンに代わる新しい加工ニーズとは?

エンジンがモータへと変わることで、自動車産業の基幹部品が変化し、工作機械の新たなニーズを生み出すことが期待されています。大きく分ければ、バッテリー、モーター、減速機・ギヤ、軽量化に対するニーズです。一つずつ見ていきましょう。

バッテリー

EV車ではガソリンの代わりに電気が必要になるわけですから、電気を貯めておくバッテリーが必要となります。だからといって、単純に「バッテリーを加工するために工作機械が使われる」という話ではありません。バッテリーは製造工程が非常に複雑であり、専用の製造装置が多く使われています。そういったバッテリー製造装置のニーズが高まることで、製造装置用の加工部品の需要が増え、それが工作機械にとっての新しい加工ニーズとなります。今後もリチウムイオン電池向けの設備投資の意欲は各国で高まる予想がされています。特に中国などはEV用のリチウムイオン電池市場の成長が顕著であり、この市場に対して工作機械の需要も伸び続けていくことが期待できます。

  出典:EV販売の好調に牽引され、更なる拡大が期待される中国の車載用電池市場(<a href="https://www.smbc.co.jp/kojin/toushin/kakushu_report/pdf/2109081039289999992021090810392841.pdf">https://www.smbc.co.jp/kojin/toushin/kakushu_report/pdf/2109081039289999992021090810392841.pdf</a>)  

  出典:EV販売の好調に牽引され、更なる拡大が期待される中国の車載用電池市場(https://www.smbc.co.jp/kojin/toushin/kakushu_report/pdf/2109081039289999992021090810392841.pdf)  

モーター

モーターはエンジンに比べると、非常にシンプルな構造ですが、それでも加工の需要は存在します。モータの構成は主に、出力軸、ベアリング、ローター、ステーター、ブラケットから成ります。この中でも特にステーター内のモータコアなどが重要です。モーターコアは板厚が薄い電磁鋼板の打ち抜いて、それを積み重ねる形で製作されます。この打ち抜いた電磁鋼板の歪みが、モーターの性能を左右するため、高精度な打ち抜き用の金型が求められます。そして、その金型を製作するために金型加工用の工作機械の需要が高まるというわけです。

また、モーターユニット全体を包み込むモータハウジングの加工は、非常に大径であるため専用の工具なども開発されています。モーターハウジングには冷却回路なども組み込まれているおり非常に複雑なため、従来の切削加工法だけではなく金属を積層するAM(アディティブマニュファクチャリング)技術の活用なども期待されています。

減速機・ギヤ

ガソリン車からEV車へシフトしていくと、従来のトランスミッション用の歯車の加工需要は減少します。一方で、EV車に搭載される減速機用の歯車は需要が拡大します。EV車では航続距離を延ばすため、伝達効率を高めた高性能な減速機が求められるようになり、歯車加工への要求精度はこれまでよりも格段に高まります。

昨年、日本電産(Nidec)が三菱重工工作機械や老舗工作機械メーカーのOKKを買収したことで話題になりました。三菱重工工作機械は歯車加工用の加工機や研削盤が得意な会社で、歯車加工機と工具、加工技術を併せ持つ唯一無二の機械メーカーでした。日本電産はEVシフトで生まれる高精度な歯車加工の需要を先読みし、いち早く三菱重工工作機械を買収に踏み切ったと言われています。更には老舗のOKKの買収には、歯車以外の減速機の主要部品も内製化し、自社減速機の製品開発力を強化していく狙いがあるようです。このように今後もEV向けの減速機の技術開発、それに伴ったギア加工技術の研究開発が各社で進められていくでしょう。

軽量化

EV車は航続距離を延長するために、これまでのガソリン車以上に軽量化のニーズが高くなっています。ただでさえ航続距離がネックであるのに、更には重量物であるバッテリーを積む必要があるわけですから、必然のニーズですね。軽量化の手法として最もメジャーなのは、軽い材料を使って軽量化することでしょう。アルミ、マグネシウム、チタンなど非鉄金属の他にCFRPやGFRPなどのコンポジット材料も積極的に使われることになります。このような材料は加工性に難がある場合が多いため、高速かつ高寿命な切削工具が求められます。また、工作機械も非鉄金属加工やコンポジット材料の加工に特化した機械を開発する必要もあります。

わかりやすい例で言えばFRP系の樹脂加工が顕著でしょう。FRP系などのコンポジット材料の加工は、削るのではなく刃先で繊維を破断するというイメージの加工です。繊維の破断の衝撃により、ワークや工具に大きな負荷がかかり、あっという間に摩耗します。それを防ぐためには、とにかく切削速度を上げるしかないため、今まで以上に高速回転できる主軸が必要となります。また、コンポジット材料の粉塵は人体に悪影響を与えるため、粉塵回収システムも必要になるでしょう。

このように軽量化のニーズから、特定の材料に特化した専用工作機械の需要が伸びていくことが予想されます。

まとめ

本記事の内容を復習しましょう。

  • 工作機械は、材料を加工して、部品や製品を生み出す機械・工作機械はマザーマシンと呼ばれている

  • EVシフトにより自動車一台あたりの工作機械使用量は半減する

  • EVシフトによるニーズの変化で、減った分の加工需要を補う予想がされている

  • 主なニーズは、バッテリー、モーター、減速機・ギヤ、軽量化である

ガソリン車からEV車にシフトすることで、自動車の部品点数は約3万点から2万点程度に減ってしまうという話は有名ですよね。部品が減っているわけですから、EV車用の部品加工だけで減った分を補おうとしても、それは無理な話です。しかし、ここまで語ってきたように、必要な部品の種類が変わり、製造工程が変われば、そこにはまた機械が必要なわけで、それが工作機械のニーズとして表に出てきます。間接的ではありながらも、加工の需要は形を変えて各所に存在しているわけです。

ただし、EVシフトによる需要の変化が今までのエンジン加工品の需要を補うかと言われれば、そこはなんとも言えません。設備投資に関しては一過性のものですので、まだまだ見通しは不透明です。工作機械メーカーや工具メーカー各社は、慎重に市場動向を見守りつつ、虎視眈々と勝負所に向けて技術に磨きをかけていくでしょう。今後も目が離せませんね!!

私はブログやツイッターなどで、日々技術情報を発信しています。ものづくり関連の面白い情報を広く取り扱っていますが、工作機械関連の情報も多く発信しています。工作機械や加工業界のトレンドを掴みたい方は、ぜひともブログやツイッターを見ていただけると嬉しいです。気に入っていただけたら是非、フォローもお願いします。

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いやはや、本当に参考になりました。EVシフトで「自動車一台の生産あたりに使われる工作機械の金額が1万5000円から8000円へ減少する」なんて全然知らなかった…それを踏まえた上で今後の工作機械の動向、しぶちょーさんの解説大変わかりやすい。取り入れられる設備、生産準備もだいぶ様変わりしていくのだろうなぁ (連休中の工事日程をみながら)

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