6σのしがらみは日本メーカーの足かせになるか

高い品質で知られる日本自動車メーカー。ただその品質の高さゆえに、開発が遅れる、また過剰品質なのではないかという指摘があります。テスラや中国メーカーが台頭してくる中で6σに代表される高い品質は果たして日本メーカーにとってこれまで同様プラスになりえるのか。
カッパッパ 2022.12.04
誰でも

ご安全に。

この季節はやっぱりミカン。実家から大量に送られてきて、いつも数個はかびてしまうカッパッパです。

新興BEVメーカーの躍進が止まりません。BEVのTOP、テスラはもちろんのこと、中国ではこの一年でBYDが大きく成長。NIOなど他の中国メーカーも欧州を中心に世界進出を始めています。日本自動車メーカーはこれまで世界各社と競争を繰り広げる中で、高い品質を武器に販売シェアを伸ばしてきました。しかし、新興BEVメーカーは車両の開発スピードを武器に先進的な機能を搭載し、各国でシェア拡大を目論んでいます。

百万分の一、ppmで管理される日本メーカーの品質。ただ一方で品質を重視するあまり、先進的な機能を盛り込めない、開発スピードが遅くなり、コストも高くなってしまう弱点もあります。果たして日本メーカーは今後も同じ戦い方で勝ち抜いていけるのか。今回のニュースレターではこれからの日本メーカーのあるべき戦略を考えていきたいと思います。

世界に誇る日本自動車メーカーの高い品質

 米有力消費者情報誌コンシューマー・リポートが15日発表した今年の自動車ブランド別の信頼性ランキングで、「トヨタ」が首位となった。2位はトヨタ自動車の高級車ブランド「レクサス」、4位は「マツダ」と、例年通り日本勢が上位に並んだ。

日本において自動車産業が大きく発展、世界でもTOPレベルになれたのはその「高い品質」が大きな理由。その品質の高さは高い評価を受けています。

先日発表されたアメリカ、コンシューマーリポートでは日本メーカーが上位(1位「トヨタ」、2位「レクサス」、4位「マツダ」)を占め、個別の自動車でも「カローラハイブリッド(トヨタ)」がTOP、上位10位のうち、7モデルが日本車

日本車は壊れにくい=耐久性が高いことで知られています。過酷な環境、例えば舗装されていない道路や砂漠などでも故障が少なく、戦争の際に日本車が戦場で使われることも。(有名な例としてチャド内戦=通称「トヨタ戦争」があります)

壊れにくく、長く乗れることからリセールバリューも高く、リースを利用すると月々の支払が抑えられ、「お買い得」なので、非常に人気が高いという側面も。

アメリカの事例ばかりを出しましたが、同様の傾向は中国や欧州でも同様。過酷な環境の中東でも日本車は大人気。日本メーカーがここまで世界で販売を伸ばせた要因は「高品質」にあることは間違いないでしょう。

百万分の一で管理される不良

日本メーカーの高い品質はどのように作りこまれているのか。

一つ目は設計思想です。日本メーカーは車両設計において「耐久性=壊れない」を重視します。壊れない設計なんて当然ではないかと思われるかもしれません。しかし、完成車メーカーによって設計で重視する性能は異なります。完成車メーカーはそれぞれが目指すクルマの姿にむけ、車両を開発。加速や走行時の安定性など何を重視するかは様々。その味付けの違いが各社の個性を生み出しています。高性能を実現しようとすれば複雑な機構を織り込む必要があり、その分故障する可能性も高くなります。十分な機能を備えながら、壊れにくいシンプルな設計。日本メーカーの壊れにくさは製造の前段階、設計から作りこまれているのです。

二つ目は品質管理の質の高さ。自動車は工業製品である以上、どうしてもばらつきが生じます。寸法や硬度などは一つ一つの部品で異なります。そのばらつきがあっても、性能が保たれるよう規格で厳密に管理され、自動車は生産されていきます。立ち上げの前に異常が出ないように生産準備を進める、規格の範囲内にばらつきを収める=工程能力を確保。異常は百万分の一、ppmで管理されています。人による作業もばらつきが少なくなるよう、作業手順を厳密に定め、異常が発生したとしても自工程で検出し、流出しないよう歯止め。万が一、規格を外れても一定の安全率を設定し性能が保てるよう、ロバスト性を確保。

 「君は何を考えているんだ! 1つの製品の品質不具合でも、お客様にとっては100%なんだ。何ppmといった考えでは困る」
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00034/00009/

記事のスズキ会長の言葉にあるように「一つの品質不具合も生み出さない」。日本メーカーは設計思想、品質管理の高さで、「壊れない日本車」を作り出しているのです。

6σのためのコスト

この品質の高さを生み出すために、日本メーカーは多くのリソースがつぎ込んでいます。設計した部品で性能が保たれるのか、実際に車両を試作し、厳しい実車試験で問題がないか評価。製造段階で不良品が百万分の一単位で管理できるよう製造工程を作りこみ。定められた規格内(公差範囲内)で製品を生産できる能力=工程能力は一般的にはCpk=1.33(±3σ(6σ)に対して1.33倍の能力)が要求され、その場合の不良発生率は0.0063%=10万個に6個になります。

こうしたプロセスを経るために、高い品質維持には非常に時間とお金がかかります。設計後自動車が期待する性能を満たすかどうかの実車試験。シミュレーションでの代替が進んではいるものの、実車評価しなければわからないことも多く、その期間は試験機の台上評価で最低でも2‐3週間。自動車を試作する費用は量産時の数十倍。製造段階での作りこみでも工程能力を保つ⇒バラツキを抑えるために加工などの工程を追加。

「耐久性を保つ=壊れない車」は確認時間大+高コスト⇒開発に時間を要し、車両(部品)の価格も高くなりがちです。(コストに関しては機能を維持したうえで、少しでも抑えられるよう原価の作りこみがおこなれていて、日本メーカーは「すり合わせ」=自動車メーカーと部品メーカーの協業で実施し、世界と比べても効果を上げています)

新興メーカーの品質是非

新興メーカーでは既存メーカーとは異なる異次元ともいえるスピードで自動車が開発され、販売されています。その開発スピードは、日本メーカーの特徴「耐久性=壊れにくい」品質を保つ、検証を実施してでは達成できない速さです。

これは極端な例になりますが、中国EV分解の動画をご紹介。値段の割には作りこまれてはいるものの、ボルトは汎用品、トルク管理がおそらくされていない、フレームは汎用品で点溶接など日本メーカーではあり得ない作りになっていることは確か。

中国の安全法規が日本と異なっていることもありますが、品質の作りこみ方が全く異なります。中国の他大手の新興メーカー、例えばNIOやBYDあれば中国以外への進出もあり、品質の作りこみ方は異なるでしょう。しかしながら、日本メーカーと比較すれば「壊れにくい」という品質へのこだわりは薄く、その分凄まじいスピードで開発を進めています。

特に難しいのはBEVの基幹部品となる「電池」。BEVには大容量の電池が搭載されますが、その品質を保つのは難易度が高い。異物が入れば、性能低下、最悪発火もあり得、消費者に大きな損害を与える電池生産。使い方によってはすぐに性能が劣化してしまうことも。日本メーカーは電池においても、これまで通り高い品質を維持しようとし、その分コスト大きくなり、開発に時間を要しています。

中国ではBEVが次々と販売されていますが、日本メーカーと同等の検証、品質が保たれているかと疑問符がつきます。もちろん、検討は十分になされたうえで、車両への採用は決定しているでしょう。しかしながら、電池への知見は既存自動車メーカーでも十分ではなく、GMや現代が大規模、多額のリコールを発生させるほど、品質管理が難しい。まだ販売が伸び始めた時期のため、長期間使用により性能がどの程度維持できるかは不透明。電池性能はばらつきが大きく、「当たり」を引けば問題ないですが、「外れ」を引けば航続可能距離がスペックに大幅未達といった可能性も。

「品質」の定義はとても難しく、一概にまとめることはできません。ただ日本メーカーが重視する「不良率が少なく、耐久性が高い」を品質だと考えると、中国を代表とする新興メーカーの品質は日本メーカーよりも低い(そもそも製造前、開発、設計段階でロバスト性が低い)。ただその分、開発のスピードを上げ、新製品を次々と投入できる「身軽さ」は新興メーカーの方が断然高いでしょう。

良い自動車を作るためにトータルコストが少ないのはどちらか

自動車に関わる品質問題で有名な事例「フォード・ピント事件」。開発を急ぐあまりに品質不良が多発したピント。構造上、追突時に燃料漏れ、火災を起こしやすいという欠陥がありました。しかし、Fordは設計改善、リコールの費用よりも事故発生時の損害補償額の方が安価だと計算し、欠陥を放置。これが明るみに出ることで社会的信頼を著しく失いました。

品質問題が起きたとしても、異常が発生した時の損害額が対策費用、売り上げへの影響額を下回るのであれば、品質対策は後回しにする、開発スピードを重視する経済的な合理性を考えれば、妥当な戦略です。「そんなことはあってはいけない。人の命に関わる自動車なのだから、安全を重視し、品質第一は一番だ」日本の自動車業界に身を置かれる方ならそう考えるでしょう。ただ、品質を保つことを優先した結果、コストがかかり、開発のスピードが新興メーカーよりも劣っていることは否定できない事実。

また実際に量産を始めて得られる知見も多数あります。あのトヨタがbZ4Xで「脱輪」=自動車設計の基礎といえる部分でリコール、問題の解消に時間がかかったことを踏まえれば、まずは市場に出してみて、量産して知見を貯め、PDCAを回し、改善を重ねていく方が将来的に良い自動車を作れるかもしれません。

これからの自動車業界に求められる品質とスピード

6σ、百万分の一単位で管理される「壊れない=耐久性、品質の高さ」は日本自動車メーカーが世界で躍進できた要因の1つです。ただ、100年に一度の変革期、目まぐるしく状況が変わり、技術革新、EVシフトが加速する中で「石橋を叩いて渡る」日本メーカーの慎重さは開発スピードに乏しく、コスト高となり、特にBEV、新興メーカーに比べ、出遅れていることは否めません。後発で品質、価格競争力の高い自動車を作り出し、挽回できれば問題ありませんが、実際に自動車を作り出さなければ、わからないことも多く、上手くいくかは不透明。

ただ開発スピードを優先している新興メーカーも一たび、品質問題やリコールが起これば損害は莫大であり、会社の信頼性も危うくなります。特にBEVの肝である、電池は開発途上かつコストが高く、失敗すれば目も当てられない結果に。

品質とスピード。どちらを優先するのが正しいのか。ただ日本メーカーも手を打っていないわけではありません。電池を中心として投資を増やし、これまでにないスピードで電池を中心とした開発を進め、車両でもMBD(モデルベース開発)を積極的に導入し、以前よりも開発期間は大幅に短縮されています。

半導体や携帯の二の舞となり、自動車業界も凋落の道をたどってしまうのか。将来を決めるのは「品質」「開発」のバランスをどうとるのか戦略が大きなカギを握っています。自動車業界の未来を占う、日本メーカーの開発動向、そして新興メーカーの新製品、その品質に注目です。

・トヨタやテスラなど自動車メーカー最新情報
・CASEなどの業界トレンドを詳細に解説
・各自動車メーカーの戦略や決算分析

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