【Turing 車両開発 山口氏インタビュー①】
クルマを1からつくるために必要なステップ

「We overtake Tesla」を掲げ、2025年に100台、2030年に1万台の自動運転電気自動車発売する計画を掲げる今日本で一番熱いEVベンチャーTuring。今回はTuringの中で車輌開発を担当されている山口さんにモビイマ!が独占インタビュー。第1弾ではクルマを1からでは作るためのステップをを詳しくお聞きしました。
カッパッパ 2023.12.02
誰でも

 日本でも数々立ち上がっているモビリティベンチャー。その中でも特に注目を集めているのがTuring。将棋名人を倒した超人間級AI Ponanzaの開発者であり、HEROZの初期メンバーである山本氏が立ち上げ。完全自動運転に向け、LLM(大規模言語モデル) を活用したコア技術の開発を進めています。

前回、モビイマが山本氏に独占インタビューをした記事がこちら。

Turingでは自動運転に関わるソフトウェアが注目されがちなのですが、「完全自動運転電気自動車の販売」を目指しており、ベースとなるハードウェア、車両も自社での開発が進められています。

これまで参入障壁が高いと言われてきた自動車業界。果たして「ベンチャーでクルマをつくるには」何が必要なのか。車輌開発チームの山口さんに詳細をお聞きしました。

自動車に興味のある方はもちろん、ベンチャーや投資に興味のある方にも参考になる内容であり、単純に読み物単体としても非常に面白い、中身の濃いインタビューになっています。

初回となる「クルマを1からつくるために必要なステップ」。何もないところから、クルマをつくるためにはどうすれば良いのか。それでは早速お読みください!

Turing株式会社 車両開発チーム エンジニア 山口恭史さん プロフィール

新卒で三菱自動車に就職。世の中に貢献し、価値ある技術を社会実装できるエンジニアでありたいという思いから、日本ガイシやジェイテクトにて排ガスセンサーやステアバイワイヤの制御設計に従事。サプライヤで培った技術を用いて再び完成車を作りたいと思い、本田技術研究所に転職。2023年3月にTuringにジョイン。車両開発・技術戦略の構築・推進を担当。

完成車メーカーとサプライヤーを経てたどり着いた自動車ベンチャーTuring

カッパ

山口さんはこれまで完成車メーカー、サプライヤーを経てTuringに入社されたとお聞きしています。これまでどんな会社でどのようなお仕事をなされてきたのか、教えてください。

山口

まず、三菱自動車に新卒で入社してディーゼルエンジンの燃焼制御、ECUの制御プログラムを担当しました。どういうタイミングで燃料を噴射して、どういった排ガスになるかを見ながら制御プログラムを変えていくことといったこと業務として行っていました。当時は世界的な排ガス規制強化(EURO6対応)や各社の排ガス試験の不正ニュースが出ていた時期で、業務をする中で全世界的な課題に対し、排ガス技術を改善するには部品レベルでの底上げが必要だなと思うようになりました。

そこで、やってきた「制御」を軸にして、車載センサー、いろんな車に付いているセンサーの分野で、車全体に関わる技術を向上させたいと思って、サプライヤーである日本ガイシに移りました。

制御プログラムを作る上では、ハードによっていろんな性能の制約がついてしまう。センサーの性能自体をよくすることで排ガスをコントロールする性能などが向上するのではと考えたんですね。日本ガイシに移ってからは、完成車メーカーでの経験を活かして、排ガスのセンサーや使うための制御の開発を進め、排ガス技術に一定の見通しが立てるところまでたどり着くことができました。

エンジンの排ガス技術の改善に取り組む一方で、自動車業界全体では電動化や運転支援などの技術が急速に進みつつあって、培ってきた「制御技術」を軸にして、新しいフィールドにチャレンジしたい思いが強くなっていました。これまでのエンジン畑から、次は車両制御に突っ込んでみよう、車そのものを動かしてみたいと思い、ジェイテクトへ転職、ステアリングの部品を担当しました、

具体的な仕事の中身としては、ステアリングの部品を追加せずに軸を細く、または機械を小さくしたり、ゴムなどの物と物がぶつかったときの衝撃を緩和する部品を削減しつつ、さらにメカ的に小さいものにしていく。そういった削減をしながらも気持ちの良い操作フィーリング実現するシステムやまたステアバイワイヤの開発を行っていました。開発をやりきったというタイミングで、またもう一度車両全体を作ってみたい。そう思って再びOEMへ、ホンダに移りました

ホンダでは、自動で走る軽トラを作るプロジェクトを担当し、次に車両システム全体の制御系の図面を書いて、どういった部品を使って、どう組み合わせる組み合わせてどういうふうに動かしていくのかを表現する図面を作る仕事をやりました。その他では、クルマの特定の機能が必要なのは「どういった市場やお客さんからの要求があって、部品まで落とし込まれてるのか」を体系立てて整理していく手法、システムズエンジニアリングにも取り組みました。

ホンダでもPJにひと段落がついた時に、大企業で一通りで製品を出すことをやってきたけれど、「今までやりたくて本当にやってきたのか」「世の中のためにやってこれたのか」と思ったんですよね。疑問を感じながら、これまで仕事に取り組んできた部分があった。ならば、単純に自分がやりたいことをできるところに移ろうと。そうしてたどり着いたのがTuring

自分がこういうふうにやりたかったなって思う開発のプロセス、これまでの経験で「無駄が多かった」「余計だった」ことを取り除いて、すごいシンプルな開発体制を作っていきたい、そう思って、Turingに入社しました。

カッパ

サプライヤーからOEMまで自動車業界に深く関わられておられますが、最初から自動車業界志望だったのでしょうか。

山口

はい。元々クルマの仕事をずっとやりたかったんですよね。子供の時から乗り物が好きで、グランツーリスモがちょうど小学生ぐらいから出始めたんですよ。グランツーリスモをやってるうちに、将来クルマの仕事するんだろうと漠然と思いはじめて。高校、大学と機械系の学科に行って、エンジン系の研究室に入りました。その有名な研究室に入れば、いろんな自動車会社からの学校推薦が来て、選びやすいよといったことを聞いて(笑)。大学院への進学も考えたのですが、希望していた研究室に入ることが難しそうで、ならば学部で就職しようと思って、学部新卒で三菱自動車に入社しました。

カッパ

なるほど。これまでの経歴が理解できました。山口さんの経歴のベースはソフトウェアなんでしょうか?

山口

ソフトでもないしハードウェアでもはないんですよね。「制御系」といっても、ハンドでコードでゴリゴリ書くのではなく、ソフトを用いて、どう演算処理をして、どうアウトプットをだすのか、ブロック図を並べたり、線で引っ張って、グラフィカルに表現する。もちろんにハンドコード打つこともあるのですが、基本的にはプログラムを書いてるわけではないです。エンジンやステアリング、システム全体といったお題目が変わっても、根底で使っている技術は変わっていないですね。

クルマをつくるための第一歩

23年1月に販売されたレクサスRX450hベースのAI自動運転システムとオリジナルエンブレムを搭載した「THE 1st TURING CAR」

23年1月に販売されたレクサスRX450hベースのAI自動運転システムとオリジナルエンブレムを搭載した「THE 1st TURING CAR」

カッパ

そうした経歴を経てTuringに入られて、「1から車作ろう」と車両づくりを担当されることになった。「車を1から作る」って何から取り掛かられるのでしょう?

山口

何からやるかなんですが、僕がチームに入ったときに、まずそもそも図面なかったんですよ

カッパ

ないですよね(笑)

山口

一方で、自動車では結構水平分業化が進んでいて、「こういうものが欲しい」と言えば、図面がなくてもある程度の形になったものは手に入る。

カッパ

要求仕様をしっかり出せば、サプライヤーが作ってくれる?

山口

要求仕様といかないまでにせよ、どういったスペックのものが欲しいかが言えれば、とりあえずサンプルは手に入ります。だから、「サンプルがもらえる最低限の情報だけでも作ろう」が初めてやったところです。中国やヨーロッパやアメリカのEVを並べて、Eアクスルやバッテリーがどれぐらいの出力でスペックなのかを調べていく。そうすれば、相応スペックのBEVの部品リストができる。そこから始めました。

スプレッドシートに電子部品をリストアップ

スプレッドシートに電子部品をリストアップ

山口

そして、サプライヤーさんにあの手この手でコンタクトを取る。「サンプルください」と伝えて、サンプルの内容は「量産実績があるか、それに等しい性能を持ったもので、オリジナルでなくて良いです、中身の制御プログラムは我々でつくるので、なるべくソフトウェアは空っぽにしてください。」と伝える。

カッパ

そういった要望、サプライヤーは嫌がりませんか?

山口

そんなことなかったですね。もちろん嫌がるところもありましたが、どちらかというとコンタクトを取るまでが割と大変でした。僕が入る今年の3月までは本当にいい感じのサプライヤーさんはいなかった。僕が入ってからは、作った部品リストに沿ってざっくりとした要求スペックを持っていくとそれなりに話を聞いてくれる。ただ窓口がHPのお問い合わせフォームからだと、さすがにレスポンスは期待できない。なので、人づてに、例えば内部の人にこっそり潜り込んでお願いしたり、投資家さんの伝手を駆使して、上からも下からもコンタクトをとりにいきました。そして一旦、開発の担当者の連絡先ゲットしたら、もう絶対離さない(笑)そうして、3月から5月の2ヶ月ぐらいで「走る/曲がる/止まる」に関する主要な部品は部品を得ることができました。

カッパ

山口さんが来てから、かなり状況は変わったんですね。サプライヤーに欲しいものを伝えるノウハウって大事。「要求仕様を出す」「どういったスペックが欲しいんです」って言える技術。

山口

「細かいところは決まってない。その点は量産に向けてあと1、2年ぐらいかけてしっかり決めていきます。とりあえず車両につけるために中身空っぽで良いので部品をください。」とお願いして、調達を進めました。

カッパ

自動車メーカーとサプライヤーは部品の仕様決めで本当に細かいすり合わせ、調整をやるでんすけど、それがなくて、量産実績があって流れている部品ならベンチャーでも手に入れられる。

山口

そうなんですよ。「御社は開発行為を一切しなくていい」って伝えて、相手の嫌がりそうなところを予めつぶしておく。

カッパ

それはすばらしいですね。部品メーカーは「寸法を少し変えてくれ」だけでもすごい嫌がるでしょうし。

山口

「ありもので良いです。使ったうえでの責任は全部こっちが持ちます。覚書も準備します。」と言うと、すんなり通ることが多かったです。

カッパ

そこまで言われたらサンプルとして売ってくれそうな気がする(笑)

山口

そうやって「走る/曲がる/止まる」の部品を調達することができました。さすがに車体はそんな風にはいかないのですが、今はベンチマークとしてスキャンデータがたくさん手に入る。そこから、車体骨格やフロアの技術トレンドを知らべて開発を進めていきました。

ただTuringはベンチャーなので、自動車メーカーやってきた見えない部分の作りにはかなわないし、こだわっても正直バリューを発揮できない。なので、人目につかないところは手堅く作れる工法で行く。その方針を掲げて、優先順位をつけて「エイヤー」でプレスの発注図面も作ったりしながら、車両を作っていきました。

カッパ

その戦略は中国新興メーカーのEVに近いですよね。手を抜くところは割り切る。安全率のマージン取って安全を担保した上で、力入れなくてもいい部分は、厳しい設計、開発しない。

「普通のクルマ」をつくる難しさとベンチャーが勝負できる「スピード」

コンセプトカーの製作工程

コンセプトカーの製作工程

山口

ベンチャーだから、「新しいクルマをつくられているんですよね」と言われることもあるんですけど、車体側に関しては「普通のクルマ作ろう」としている。車体以外のところでいかにバリューを出せるかで勝負しようとしています。

カッパ

でも「普通のクルマを作る」って難しいですよね。ゼロから普通のクルマ作るってとてもハードルが高い。

山口

ハードルはとても高いんですが、サンプルが手に入って走れるテスト車作れば、こちらのもんだと思ってるんすよ。テスト車のデータを取って、ばらつきを見れば、要求スペックが書けるようになります。量産の工場を獲得するにしても、走るクルマができていれば、工場に求める工程設計ってのは大体できると僕は踏んでいます。

カッパ

なるほど。ただそこから難しいのはクルマを作って儲けることだと思います自動車って、儲かりにくい。だから儲かるためには、すごい地道に原価を一円単位で絞るといったコスト低減をしている。1台あたりの低減額が少なくても年間何十万台出るから、効果が出る。そういうところに自動車メーカーも自動車部品も力をかけている。ここにこだわると難易度が上がってしまう。

山口

最初は多分クルマを作ることで精いっぱい。部品単位の数円の原価低減は自社工場を持ち、自分たちの全てをコントロール下に置いてから初めてできることであって、まずは「普通のクルマをつくる」ことだと思ってます。

だから、今目指している25年100台はどうしても値段が高めになる。ただ100人のファンにだったら売れないことない、買える値段にする。車体自体は普通のクルマで、それ以外のソフトウェア、UXやAIで勝負していく。

カッパ

まず普通のクルマを作る。だんだんノウハウがたまってくれば、細かいところに力を入れていく。

山口

「この部分、ちょっと一体成型に変更したい」といった希望はかなり先なんですよね。普通に安定して安心安全な骨格とサプライチェーンが得られることが僕らの至上命題。

カッパ

「たくさん品質良く安く作る」のが量産で、それはすごく難しい。

山口

部品の細かい調整、例えばネジや隙間のすり合わせに力を入れるのではなくて、世の中に出回っている良いものを集めてきて、開発に関する無駄なコストをかけない。それが、今安くつくることだと思っています。乱暴に言うと細かい部分はすでに開発済みのものを転用する形になる。

カッパ

なるほど。そうすることで開発のスピードも出ますね。今、クルマの開発期間は長い。短くても3年ぐらい。でも新興のEVメーカーは短い。ベンチャーが勝てるのは開発のスピード感なんだとおもいます。

山口

ただそのベンチャーならではスピード感は、内部的なスピード感でしかなくて、サプライヤーさんにお願いするといつも通りのリードタイムになってしまう。検討に時間がかかってしまうなら、もう開発なしでいいですと部品をもらう。そのあたりがとにかく難しい。

カッパ

サプライヤーからすれば通常金型を準備して本型、治具や設備を手配して本型本工程のイベントがあって、量産が始まる。ただベンチャーからすれば、通常の生産準備をやっている時間はない。

山口

だから、すでに形になっているものをくださいという形になる。いるものといらないものを判断して、社内の稟議は本当に肝になる部分だけを経営陣と投資家さんと合意する。スピードを出せるのは最低限の社内合意プロセスとサプライヤーさんへの要求の出し方の2点だけ。特殊なことはあまりなくて、欲しいものをいかに早く決断して、言い切るかという世界ですね。

***

初回のインタビューはここまで。次回は「キラキラしていないクルマ作りの泥臭さ」、ITやソフトウェアで一見キラキラしているように見えるベンチャーの裏側をお伺いします。

こちらも中身の濃い非常に面白いインタビューになっておりますので乞うご期待です!

***

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